UNIVERSIADE−HISTORY

ハプニングを乗り越え、みごとなユニバーシアードを成功させた東京大会。

<1967年(昭和42年)東京大会/34カ国・1,286名>

 東京でのユニバーシアード大会は、昭和42年8月26日から9月4日まで国立競技場を中心に、名誉総裁の皇太子殿下をお迎えして開催されました。日本は総勢243名という大選手団が参加しました。韓国大学スポーツ・ボード(KUSUB)と朝鮮民主人民共和国学生スポーツ協会(SSA−DPRK)による大会儀典名の問題が紛糾し、旧ユーゴスラヴィアをのぞく社会主義諸国(旧ソ連、ポートランド、旧チェコ、ブルガリア、ルーマニア、キューバ)の不参加という思わぬハプニングが起こりました。

 また、8月26日に予定されていた開会式が激しい雷雨に見舞われて順延になりましたが、翌日夕刻から予定どおり競技を開始。国立代々木プールで行われた水泳で、アメリカの選手たちが矢継ぎ早に世界新記録を続出したため、がぜん活況を呈してきました。陸上競技では、前回のブダペストでも活躍した沢木啓祐選手が5,000m決勝で14分03秒8でアメリカのネルソン選手と接戦の末優勝、10,000mでも再びネルソン選手と競り合って29分0秒0で快勝して金メダルを収めました。走り幅跳びでも阿部直紀選手が7m71を跳んで優勝、ハンマー投げで石田義久選手が64m94で第一位の記録を残しました。

 また、この大会で女子走り高跳びの竹田真美選手がイギリスのノールズ選手と競り合って日本女性初の金メダルを得たことは賞賛の的となりました。日本は開催国の強みを発揮し、実施8競技86種目のうち21種目にみごと金メダルを得たほか、銀メダル17、銅メダル26という輝かしい実績を残しています。


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