「闘争とスポーツ」

◎佐伯聴夫

 Jリーグ・ブームが列島を沸き立たせています。海外からのスーパースターを招き、競技レベルが一段と向上したことに加えて、プロとしての自覚と引き分けの無いゲーム構成が高度な緊張を持続させ、大きな魅力を生み出しています。確かに日本のサッカーは変貌しました。チャンスをものにする意気込み、ボーへの執着力、スピード等がアップし、これまでの日本のサッカーにかけていた攻撃的なゲームが展開されているのです。その意味では、攻撃性の高揚こそJリーグの魅力の大きな源泉と言っても良いのでしょう。

 しかし、スポーツにおける攻撃性は闘争のそれとは異なるものです。闘争は相手を直接打倒し、屈服させることを目的とし、そのために手段を選ばないむき出しの暴力による攻撃性を特徴としますが、スポーツでは共通に承認し合ったルールに基づいて受容される、技術によって洗練された攻撃性のみが発揮されるのです。ここに闘争と競争の違いがあり、競争であることにスポーツの文化性があるのです。

 英国の社会学者エリアスとダニングは、スポーツの文明化を暴力を否定し、闘争性を排除するルールの整備過程として説明していますが、拳に鋲を付けたテープを巻いて殴り合った古代のボクシング、ベア・ナックル(裸の拳)で数十ラウンドも闘った近世、そしてダメージを和らげるクラブによる打ち合いの現代のそれを考えるとき、攻撃性を野蛮から洗練してきたスポーツの進化を確実にうかがうことができるのです。

 また、競争は英語ではcompetition,contestで、ラテン語の compedare, contestare を語源とします。そして、comもconもwith(一緒に、共に)を意味する接頭語なのです。つまり競争の相手は敵でなく、共に、一緒に良いゲームを創り出す「パートナー」だと言うことなのです。このパートナーシップこそスポーツの競争の本質的なモラルであり、競争が相手の排除や否定でなく、相互の能力を高め合い、引き出す仕組みとなる鍵なのです。一世を風靡した名ランナー瀬古氏の引退に際して中山氏は「彼がいたから自分も頑張れた」と言っていたように、熾烈な競争に真摯に挑むライバルこそ、競争が生み出す真の友情を体験し、表現することができるのです。名勝負に潜むパートナーシップと友情を見い出すとき、ユニバーシアードの感動はいっそう深いものになるでしょう。


スポルテ4の表題に戻る