特集・巻頭エッセイ。”可能性”という名のイベント

山際淳司

マイナーなスポーツへの熱

 好きなスポーツは何ですか、と聞かれることがある。見るスポーツではなく自分でも楽しむものならばゴルフといいたいところだが、最近はむしろ乗馬やスカッシュに熱が入っている。そう答えると、意外な顔をされる。ずいぶんマイナーなスポーツをやっているんですね、というわけだ。

 たしかにスカッシュなどは、日本では競技人口が少ないという意味ではマイナーな存在だろう。世界にあまねく広がっている種目でもないから、まだオリンピックやユニバーシアードといった競技会にも参加できていない。しかし、のめりこむようにスカッシュに取り組んでいる選手たちが大学生から熟年プレイヤーまで日本にも相当数いることも事実で、ぼくは一度オーバー・フォーティー(40歳以上)の競技会にでてみようかなどと不埓なことを考えたが、そのレベルの高さを見て(ぼくのレベルに比べれば、という意味でだが)諦めた。実際のところ日本のスカッシュは用意に世界の第一線のレベルに近づけないでいる。しかし、それでも若い世代のプレイヤーがチャンスを見つけては狭い日本を飛び出して世界に出ていこうとしているのはうれしいことだ。どんな種目であれ、スポーツをやるならそれくらいの伸びやかさがなければいけない。

伸びやかな男、カシアス・クレイの話

 まだカシアス・クレイといっていたころの(つまり、まだ若かった頃の)モハメド・アリには面白いエピソードがたくさんある。クレイは1960年のローマ五輪で金メダルを獲得し、帰国するとプロに転向するのだが、オリンピックに出発する前のある日、かれはふらりとニューヨークのMSG(マディソン・スクェア・ガーデン)のプロモーターのところにやってくるのだ。MSGがプロボクシングのメッカといわれていた時代である。マイ・ネーム・イズ・カシアス・クレイといって、かれは自己紹介した。

 「私はローマに行ってゴールドメダリストになるつもりです。そのあとはヘビー級の世界チャピオンになります」「それで?」プロモーターは聞いた。「今、10ドル貸してもらえませんか」クレイはそういって初対面のプロモーターから10ドルを借りていったという。当時のチームメイトはクレイはダンスを踊れなかった、といっている。選手村でダンスパーティーが行われても、じっと壁の前に立ち動こうとしないのだ。シャイな一面も持っていたわけである。それでも自分こそが未来のチャンピオンなのだという自負心が脈打っていたのだろう。若さ特有の大胆さも手伝ってプロモーターから借金してしまうわけだ。ちなみに10ドルは後でちゃんと返しにきたという。

 もう一つ、これもカシアス・クレイと呼ばれていたころの話だが、ある日、一人のカメラマンがスパーリングを撮りにきた。話を聞くと、カメラマンは当時世界的に評価されていた「ライフ」という雑誌に水中写真を寄稿することもあるのだという。ボクシングを撮るよりもそちらのほうが専門だというわけだ。するとクレイは「秘密を一つ教えてあげよう」といった。「誰にも公開したことがないのだが、おれはじつは水中トレーニングをするんだ。プールのなかでパンチを打つ。水の抵抗があるからこの練習はきつい。そのかわりパワーがつく。それがパンチ力をつける秘訣なんだ。その写真をライフに載せるというなら、秘密練習を公開してもいいな」 本当は水中トレーニングなどしたこともないのだが「ライフ」誌と聞いたとたん、クレイは口からでまかせをいったわけである。しかしカメラマンもライフ誌もそれを冗談とは思わず、大まじめで水中トレーニングの写真を撮影した。クレイはチャンピオンになる前にまんまと「ライフ」にデビューしてしまったわけである。

可能性のイベントユニバーシアード大会

 カシアス・クレイという男のキャラクターがそうさせたという面もあるのだろうが、それだけではない。自分の力を疑わずに上昇していこうとする時期の、楽天的なまでのおおらかさが、その背景にはあったに違いない。ぼくはそう思う。スポーツに特有のプレッシャーや不安感、勝たなければならないという義務感などの対極にある伸びやかさである。

 こういう感性が、じつはとても大切なのだと思う。オリンピックや世界選手権などの舞台でプレッシャーにがんじがらめになったアスリートを見ていると、リラックスすることの大切さをスポーツを通じて誰よりも深く学んでいるはずの人たちがいったいどうしてしまったのかと不思議に思う。スポーツなのだから前向きに、伸び伸びとやればいいじゃないかと思うのだ。

 そういう意味でぼくユニバーシアードに期待している。これは若い世代の、世界の学生たちが作りあげるイベントなのだ。可能性という名の、将来に向けての展望が前向きに出てくるイベントはそういくつもあるものではない。ユニバーシアードではスポーツのもっともスポーティーな面が表現されてしかるべきなのだ。スポーツから脱落しがちなユーモアとリラクセーションを忘れずに。楽しいイベントを期待しています。


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