監督ゆずりの情熱を胸に明日へはばたくサッカーの星 三浦淳宏選手

◎三浦淳宏選手

 「第71回全国高校サッカー選手権大会」で、みごとV3を成し遂げた名門長崎県立国見高校。激しいサッカーと評されるそのイレブンをリードしたのが、キャプテン三浦淳宏選手だ。この春、青山学院大学への進学が決まり、新たな活躍が期待されているホープである。「巧みなドリブルとパス出しで、個人技にすぐれた選手。得点力を持つ、チームの切り札。」と、小嶺監督にいわれるほどの実力は、どこから湧いてくるのだろう。

◇国見高校は3年前にも優勝していますが、その時は?

◆1年生で、ベンチ入りしてましたけど、感動の優勝でした。自分がやるよりも、見てるほうがドキドキしますよ。

◇出身は、大分県の明野中だしたね。サッカーはそのころから?

◆サッカーをやろうと思ったのは、小学校3年の10月です。これだけは覚えています。最初、兄貴といっしょに野球やってて、母親も野球が好きで将来は西武ライオンズへと決めていたんですが、中学の時の新庄監督さんが毎晩家へ来られて熱心に勧められたので、母親も折れ、自分もその気になってサッカーをやることに決めたんです。

◇高校は小嶺監督のいる国見高をめざし、親元を離れて長崎へ。ひとり暮らしはたいへんでしょう。

◆寮に入っているので、食事は作ってもらえますけど、洗濯とかは自分でやっています。厳しいところでもまれたほうが成長するんじゃないかと。家には年1回くらいしか帰ってません。

◇毎日の練習は?

◆朝6時から、一人でドリブルとかの基本練習をやっています。チーム全体の練習は7時15分からだけど、うまくなりたいからみんなより早く起きてやってます。それから朝ごはん食べて、授業。放課後4時からまた練習ですね。

◇小嶺監督さんは、国見高をサッカーの名門に育てた方で、全日本ジュニアユース総監督になられるほど有名な方。練習はどうですか?

◆きびしいけれど、長所をのばしてくださるのでありがたいです。サッカーに関しては絶対に頭が上がりません。ひと言ひと言にその場で納得してしまうんですよ。ドリブルでも長くやりすぎると、呼ばれて頭を殴られます。「お前一人でサッカーはできないんだ」と。もう、おやじみたいな存在ですね。そして、情熱も並じゃない。遠征は費用もかかるので、監督さんが自分のマイクロバスで僕らを日本中運んでくれました。一番遠いところは青森県だったと思います。監督さんは寝ずに運転し、後ろでみんなは眠っていました。(笑い)

◇V3のあと、高校選抜に選ばれましたね。今度は海外ですか?

◆はい。日本高校選抜のメンバーに入れていただいたので、4月に成田を出発してスイスに入り、親善試合やイタリア・リーク゜の試合観戦をしたあと、ドイツ・デュッセルドルフで国際ユース大会に出場することになっています。

◇最近サッカーの人気はすごいのですが、プレーする側でのサッカーの魅力って何だと思いますか?

◆試合全体は監督さんが総指揮をとって、チームはその戦術通りに動くわけだけど、攻撃に関しては決まりというものはありませんから、結構自由にやれるんです。小嶺監督はいつも、自分で創造して、ヒラメキでやれと言います。チームプレーですから、そのヒラメキを感じ合える仲間とのコンビネーションを練習の中で培っていくことが、おもしろいですね。

◇ところで、将来の進路は?

◆監督さんといろいろ話し合って、青山学院大学へ進学することに決めました。大学でもっと自分を考えながらサッカーを磨いていきたい。選手生命がながくないだけに、そのあとのことも考えておかないとと思いますし。

◇大学生活は、どんなふうになりそうですか?

◆東京ですから、Jリーグの練習とか試合を見にいったり、まだまだ九勝することがいっぱいあります。でも、今度は寮じゃないから食事のことを考えるとヤバイな。ちゃんと一人で料理つくれるかなぁ。

◇最後に、ユニバーシアード大会のことはご存じですか?今度はアメリカのバッファーローで開催され、1995年には福岡市でかいさいされるんですが。

◆はい。知っていました。福岡市で行われるというのがいいですね。福岡には遠征で行ったことがあるし、ちょうど大学3年生のときですから、僕も日本代表で参加できたらいいなと思っています。大学での自分の努力しだいですから。

◇ぜひがんばって福岡大会に出場してください。


スポルテ3の表題に戻る